伝教(
デンキョウ)の遺志で比叡山に戒壇堂が建立されました。
日蓮大聖人は、中国の天台の業績は、日本の伝教(
デンキョウ)に劣るという見方もされていますが、それは、伝教(
デンキョウ)が天台の成し遂げなかった、法華経を根本にした「円頓戒壇」を比叡山に建立したからだといわれています。
日蓮大聖人は次のように仰せになっている。
「南岳・天台も未だ弘めたまわざる円頓戒壇を叡山に建立す、日本一州の学者一人も残らず大師の門弟と為る」(曾谷入道殿許御書)
「吾が師伝教(
デンキョウ)大師三国に未だ弘まらざるの円頓の大戒壇を叡山に建立したもう」(同)
「されば伝教(
デンキョウ)大師は其の功を論ずれば竜樹天親にもこえ天台・妙楽にも勝れてをはします聖人なり、されば日本国の当世の東寺・園城・七大寺・諸国の八宗・浄土・禅宗・律宗等の諸僧等誰人か伝教(
デンキョウ)大師の円戒をそむくべき、かの漢土九国の諸僧等は円定・円慧は天台の弟子ににたれども円頓一同の戒場は漢土になければ戒にをいては弟子とならぬ者もありけん、この日本国は伝教(
デンキョウ)大師の御弟子にあらざる者は外道なり悪人なり」(撰時抄)
「されば内証は同じけれども法の流布は迦葉・阿難よりも馬鳴・竜樹等はすぐれ馬鳴等よりも天台はすぐれ天台よりも伝教(
デンキョウ)は超えさせ給いたり」(報恩抄)
ここで日蓮大聖人が重きを置いていらっしゃるのは、事実の上で伝教(
デンキョウ)がなにをしたかということなんですね。内証は同じとしても、実績が重視されるのだと思います。
釈迦、天台、伝教(
デンキョウ)の三師は、インド、中国、日本と国は違うけれども、それぞれ時をも隔てながら唯一、最勝のものとして法華経を説きました。
薬王菩薩に絞って見れば、薬王菩薩が法華経の会座での約束に基づき、中国、日本において法華最勝を説き、二百数十年の時を隔てて比叡山延暦寺で法華経の「円頓戒壇」を建立したとも言えるます。